ガルデル賞ピアニスト、パブロ、夜はボンバ・デ・ティエンポ

たった半年なのに、随分久しぶりのブエノスアイレスに感じる。日本からたくさん仕事も持ってきたのだが、なかなか手につかない。選挙から一夜明けたこの日は、来年来日させるパブロ・エスティガリビアとの打ち合わせ。このパブロ、じつは2010年、ビクトル・ラバジェンの来日公演の時からずっと目をつけていて、いつかは彼のグループで日本公演をと目論んでいた。もう5年も経つ。毎年のように企画を出すのだが、ようやく正式に決定できたのだ。ビクトル・ラバジェンのツアーの時まだ20代の若者だったが、会場入りすると毎回一番先にステージに駆け込んではずっとピアノに夢中になっていた姿が目に焼き付いている。技術的には、当時で既にもの凄かったが、その上であれだけの練習量、しかもプグリエーセ、セステート・タンゴ、コロール・タンゴをわかり歩いてきた巨匠ラバジェンに、懇切丁寧にタンゴの各スタイルの特徴を学んでいる。あの前向きな姿勢に巨匠もかなり積極的に教え込んでいたのを思い出す。今になってみると、あの二人の光景をビデオにでも撮っておけば、と悔やまれるほどの真剣な現場だった。

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それから1年くらい経ってからだろうか、パブロからセステートを組んだ、と連絡があった。名前はラバジェン作の名曲に因んで「メリディオナル」とした、とのこと。おいおい、それはいくら何でも難しすぎる、と変更も要求したが、なかなか首を縦に振らない。それほどマエストロ、ラバジェンへの音楽傾倒してたということか。で、その後私がブエノスアイレスにいるうちに最初プグリエーセが運営していたカサ・デル・タンゴのホールで小コンサートを開いてくれた。彼を囲むタンゴ人たちもたくさん来ていた。あの時は確か10曲くらいの演奏だったと思うが、誰もが期待する現代風なサウンドかと思いきや、古典タンゴを彼風にアレンジするスタイルだ。その時に彼を後援する大事な友人とのインタビューで、「みんな現代風なアレンジを期待していると思うけれど、それはピアノ・ソロなり、トリオでこれからもそのまま表現していく。しかし私の演奏する現代は、必ずタンゴの伝統的な本質が横たわっている。セステートでは、その基本の部分を最も強調できるスタイル。だから、表に出てくる音は古典に近く聞こえても、あくまでも私の中にある一つのスタイルだ」と答えていたのが印象的だ。

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それからも、アルゼンチンに来る度に彼の演奏を聴いてきたが、聴く度に彼のピアノが更なる凄みを増していく。昨年は、トルクアート・タッソでバンドネオンのフリオ・パネの演奏を聴きに行った。実はパネよりも、そこにやってきている新しい歌手たちが聞きたくて行ったのだが、途中パネがマイクを手にして「ここでみんなに紹介したいアーティストがいる。もうみんなもその存在は知っているだろうけれど、現在のタンゴ界を代表する、さらにこれからのタンゴ界を牽引していく、まだ若者だが既に巨匠と呼んでいい、そんなピアニストをここで紹介したい」とやった。そして出てきたのがパブロだった。演奏したのはピアノ・ソロで「マラ・フンタ」。終了と同時にスタンディングの嵐。もの凄い演奏だった。アンコールに応えて「首の差で」これも凄まじかった。で、そんな出来事があった頃、実はパブロはあのピアノ・ソロのアルバムを録音中だった。数曲は彼が温めてきたもの、数曲は録音のために要求されて創ったものと教えてくれたがピアノ・ソロの素晴らしいアルバムだった。

そして、今年になってアルゼンチンで最も権威ある音楽賞カロルス・ガルデル賞が発表になり、このパブロのアルバムが選定された。順調な歩みだ。

そして、この日はこの彼との打ち合わせ。今絶好調の彼だけに打ち合わせではなかなか困難なところも生まれてきたが、全体的には日本公演に向けて意欲溢れる会談だった。

 

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夜、といっても20時からは文化シティKONEXで、ベロニカ女史の紹介でLA BOMBA DE TIEMPOというパーカッション集団の公演。アルゼンチンのパーカッション集団というとあまり聴かないが、なんでもあのルナパークを一杯にしてDVD収録もしていると言うから覗いてみることに。会DSC_4622場のKONEXは、あのイバラ前市長を退陣に追い込んだクロマニオン火災事故の現場からそう遠くないアバスト地区とエル・オンセ地区の間にある。建物と言うよりは建物と建物跡地を利用した音楽、演劇用のスペースで、結構収容人数は多そうだ。到着するとすでに人も、例の臭いも一杯。ベロニカにメンバーを紹介されながら楽屋へ。みんな陽気な気のよさそうな連中だ。さて、すぐにステージが始まったが、このKONEXという会場、ステージとオープンスペースのある屋内と屋外の大きなパティオが連続している。夏は屋外まで一杯になるそうだが、やはり寒い。内部に一杯にファンが詰められている感じ。このKONEXという会場、元々何かの工場だったのか、屋外スペースは別に屋内は柱が多すぎてなかなか使いにくい。でも、元気に始まった。2006年に結成されたそうだが、今までに共演してきたアーティストたちは凄い。Calle 13, Café Tacuba, Rubén Rada, Liliana Harrero, Paulinho Moska, Pedro Aznar, Kevin Johansen, Jorge Drexler, Hugo Fattoruso, Lisandro Aristimuño, Gustavo Cordera, Nano Stern, Totó La Momposina, Jarabe de Palo, Los Pericosなどなど。たしかにアルゼンチンには優秀なパーカッ_DSC1310ション奏者はいるのだが、こういったバトゥカーダ隊のような存在はなかった。だから、かなり便利に使われているのだろう。メンバーの中に何人かの指揮者がいて、彼らの示す70程度の合図でいろいろなリズムを編み出してゆくというのが特徴だと言うが、ブラジルのバトゥカーダ隊に比べるとすべての面で魅力に欠ける。指揮者もいかにもアルゼンチン的な振る舞いだし、楽器の種類も少ないからサウンドの多彩さにも欠ける。しかし、例えば日本にブラジルのあのバトゥカーダ隊が大編成でやってくることはないわけだから、その差を実感することは出来ないかもしれないが、ブラジルでパーカッション隊のもの凄いパフォーマンスを知っているものにはかなり物足りない。このサウンドはブラジルが相手と言うより、ウルグアイとのmixと言った方がよいかも。だから、ここでの評価はあくまでも個人的な見解。ただ、アルゼンチンの文化省とはかなり仲良くしているようで、中国、韓国へのツアーは決まりつつあるのだとか。で、いろいろ考えながら聴いていく内に、アルゼンチンでクンビアやスカ、ヒップホップをやるロック・グループLAS MANOS DE FILIPPIが登場。それまで、意外に盛り上がっていなかった会場が一気に熱気を帯びる。伴奏に回るとさすがに良い。まぁこのステージ、全体的に個人的には???の一夜だった。