盗難事件、夜のタンゴ


 バンドネオンのファビオから電話があった。実はアルゼンチンを代表する世界的に活躍するクラシック・ダンサーがいて、今度タンゴのステージをやるのだが,その前に紹介して欲しいと言っている、という。私はクラシック・シーンは殆ど関係ないから会っても無駄、と言っても何でも日本のアルゼンチン大使館からの紹介で「会うだけで良いから」という。

イニャキ・ウルレサーガだった。この国のクラシック・バレエというとフリオ・ボッカが有名すぎるが、このイニャキも世界を股に活躍しているダンサーだ。以前はバレー・カンパニーに所属して世界中、もちろん日本にもやってきていたが、最近はアメリカ、ヨーロッパを中心に自分のカンパニーでのバレー・コンサートを行って高い評価を受けている。元々、中南米では数多くの受賞歴もあるダンサーだけにフリオ・ボッカの後継,と言う存在だ。その彼が,8月9日からセルバンテス劇場で4日間のステージを行い、後半の2日間はピアソラがテーマで,是非観て欲しいと言う。わざわざラプラタ市からこの粗末なアパートまで尋ねてくれたのだから、専門外だがこれもひとつの勉強、どこか一日行って勉強してこようと思う。

さて、この日は彼だけでなく,随分たくさんの来客があった。ガスパルとは来年のステージのダンサー選びを早急にすることになっていてその打ち合わせ。まず、今日はプエルト・マデーロにある「マデーロ・タンゴ」に行くことに。一応カメラの用意をして車へ。考えてみると、車をレンタルした時からこのアパートのガレージを、ポルテーロのアントニオに頼んでいたのだが、空いてはいるもののガレージのリモコンキーを渡すからと言って、もう何日も忘れられている。今日も先ほど電話したばかりだった。で、今回もしょうがなくアパートの向かい側に路駐していた。

出発前、車に入って驚いた。まず、カーナビ(といっても日本のように立派なのではなく、日本語も使えるけれども小さなナビ)がない。で、車を探し始めたら、なんとラジオ部分が全部すっぽりとなくなっている。盗難防止にカーラジオの表面部分だけを外して持って歩く姿はよく見てきたが、今回は表面だけでなくラジオ全体が丸ごとなくなっていてケーブルだけが残っている。久々にやられてしまった。助手席、つまり右側のロックを忘れた?しかし、いくら何でも必ずチェックしているから、それはない。が、普通こちらで盗難というとガラスを割って中身を盗むのが普通だ。ガラスも何ともなっていないし、これはロックし忘れしかないと思い、とりあえず鍵を入れてみると入らない。レンタカー会社に電話すると、昼間たくさん人のいるところでの犯罪だから,プロの仕業だろうという。その鍵が入らないというのは、そこに何かを詰めて開けるテクニックなのだとか。契約の時言ったように保険は入っていないから、申し訳ないが全額負担となる,とのこと。「でも盗まれただけで良かった。強盗事件とかじゃなくて」だと。殆ど慰めになっていないがその通り。仕方なく気を取り直して約束のプエルト・マデーロに向かった。考えてみると,昔はカーナビなど当てにしないで運転していたわけで、やり始めると何のことはない、簡単に目的地に到着。ただ、初めての所にはやはりカーナビは便利だから借りることになる。

さて、この「マデーロ・タンゴ」は、この元々税関倉庫だったものを改装して華々しくオープンしたベイエリア、プエルトマデーロが出来た頃から開店しているタンゴ・ハウス。若手人気楽団として注目されていたエル・アランケや、「タンゲーラ」で有名になった女性ダンサー&振付のモーラ・ゴドイを擁して人気になったタンゲリアだ。最近は行っていなかったが、ここのソロ・カップルとしてショーの中心にいるマルコス&ロイは昨年我がショーの2番手カップルとして日本に連れて行った。中野サンプラザでの演奏中にあの311の地震に遭って一緒に苦労をともにした仲間だ。一緒に行ったガスパルと思い出話に花。ここのショーは、表向きこのマルコス&ロイのスピード感溢れる,切れの良いダンスを中心に組み立てられているが、立派なステージとは裏腹に,構成演出は、中のあるカップルが担当しているらしいが、映像、進行、歌手….どれをとってもレベルが低すぎる。後で感想を聞いてきたから一言「観光客を甘く見ない方が良いと思う」とだけ。優しく…ないか?

さて、オルケスタは2階部分の奥に押し込められているが、メンバーには、バンドネオンにアランケのカミーロ、日本にはフェルナンド・マルサンの楽団でもやってきたマルコ・アントニオ(彼は最近大活躍だ)、バイオリンはコロールタンゴのエルネスト・ゴメスと,なかなかのメンバー。こちらは演出がどうあろうとしっかりとしたタンゴだけを演奏していた。とくにこの二人のバンドネオンは、今やタンゴ・ハウスでは引っ張りだこといった感じ。

この「マデーロタンゴ」のオーナー氏は旅行代理店の経営者で,そのせいもあって客は木曜日だというのに満杯。で、出し物は昔のレベルに比べると、とにかくアクロバティックになって、けして品格のあるタンゴ・ショーとは言えなくなっているが、おそらくオーナーの意向でこうなっているのかも。残念なことだ。ブエノスアイレスは、今のところブラジルの客が大挙して押しかけているからどこのタンゴ・ハウスも一杯。昔からブラジルとアルゼンチンというのは、景気の良い国から悪い方へと観光民族は大移動する。この30年以上、その姿を何度も目撃してきたが、最近は圧倒的にブラジルが優勢で、ブラジルからみて圧倒的に物価の安いアルゼンチンに凄い数の客が流れ込んでいる。特に現在は冬休み時期だから、多い時には日に3回もショーを回転することがあるらしい。でも、みんな「良質のタンゴ」を求めてやってくるのだから,もう少し考えてショー造りをするべきと思う。

ショーが終わって、普通は出演陣の中の気になるアーティストを紹介して貰ったりするのだが、今回は目当てのカップルはなく、ガスパル・カップルとマルコス・カップルとでおしゃべりしながら、最近の気になるダンサーの情報を聞き出しながら終えた。今回気になっているカップルは他の3ヶ所にいるし、その他オーディションも考えているからまず問題ない。イメージしているとおりのダンサーかどうかだけ、気をつけて探し出したい。

それにしても、盗難事件が悔しい。今日、レンタカーを返しに行ったら、被害額はキーの修理代含めて、しめて3万円くらいだそうだ。新品でだ。しかも、もっと安いのを仕込めたら返金してくれるという…安いんだねぇ。今度はカーナビ買ってしまった方が良いかも(200ドルくらいらしい)。まさにラテンアメリカにいることを実感したこの一日だった。それにしても悔しい。

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