アルゼンチン、ブラジルへの旅


 久しぶり、と言っても4ヶ月ぶりの旅になった。最近は各国からの招聘ものが多かったせいで、次から次と海外が続いていたが、今年は今までよりはゆっくりと仕事に専念できそう。で、今回は3週間強の日程でアルゼンチンとブラジルへ。今年中半から後半にかけてと、来年の企画のまとめのための旅だ。かなり難題が続きそうなので決して楽ではないのだが、いつも通り当たって砕ける気持ちで向かうことに。

12日成田を出発、アメリカン航空ダラス経由で、まずはブエノスへ。この時期、昔ならば結構空席があって楽だったはずが、あの共同運行というのが始まって以来、飛行機で空席というのにあまり出逢うことがなくなった。今回は、成田で乗る機材の到着が遅れたために1時間ほどの遅れになるとのこと。馴染みのアドミラルクラブで美味い生ビールを飲んで待つことに。まぁなんとか予定通り1時間遅れでダラス到着。普通は約4時間のトランスファーだが、今回は2時間半。USAの警備が厳重で、入国審査、税関(荷物はスルーなのでやる必要のない審査)共に長蛇の列。特に税関のこんなのは初めての経験。おかげで大好きなアド・クラブで一服するのがやっと。そのまま次のブエノス行きに。

ブエノスでは、いつもの弊社のアシスタント、ディアナが日曜日朝にもかかわらず出迎えてきてくれているが、このエセイサ空港は現在拡張工事が進んでいる上、入国システムが変わり、あの意味のわからない入国カードというものがなくなった。とはいっても、システムには入力作業と写真・指紋登録という面倒な作業が増えているせいで、入国にも、税関にももの凄く時間がかかった。飛行機の到着から1時間40分後にようやく入国できる有様。

 アルゼンチンは今のクリスティーナ大統領の前のキルチネル(クリスティーナの夫君、2007年病死)が2003年に大統領に就任して以来、域内では最高水準の経済成長を遂げてきている国。ブラジルと違うのは、為替でのペソ通貨が低く押さえられているため年々輸出が好調で、キルチネル以来の補助金制度のおかげもあって、国内産業が俄然好調なのも功を奏している。車の販売実績もやや翳りを見せ始めているというものの飛躍的で、おかげで市内の道路の混雑ぶりは酷い。インフラ分野への投資も順調で、このエセイサ空港も昨年来拡張工事が進んでいて、今回は新しいCターミナルからBターミナルまで、長い距離を歩かされることになった。ただ、この空港拡張とは裏腹に、アルゼンチン航空の経営難だけはまだまだ続いているようで、最近スキアピ公共事業省運輸長官が辞任したばかり。だから、拡張工事が進んでいるとは行っても通路は狭い、入国スタンドの数は少ないで、あまり利便性が良くなったとは実感できない。

で、ようやくディアナに会い、市内へ向かう。車の中でディアナから聞かされる最近の情報にはあまり明るいものはなかった。アルゼンチンは歴史上前例のない社会的な共同体意識も実現し,失業率が低下し,医療保険への加入者も大幅に増加した。また,学校,道路,病院等の建設も推進してきた。日本の企業もこの分野ではかなりの成果を上げていると聞く。さらに厳しい国際情勢にも拘わらず,債務削減を遂行してきている。また,外国からの融資に依存することなく経済成長を遂げてきている。問題は、この債務削減。外国からの融資に頼らない債務削減が、国民生活を圧迫し始めていること。給料はそのままで物価は急激に高騰し始めているからだ。IMFの借金もヨーロッパからの借り入れで完済したまではよいが、ヨーロッパが今の窮状だ。で、昨年末にクリスティーナはヨーロッパへの借金の自立返済を発表している。しかし、オバマ・アメリカは、輸出好調のアルゼンチンからの特定商品に輸入に対して行われていた一般特恵関税制度を廃止。債務不履行や保護主義的貿易政策が目立つアルゼンチンへの不満が、アメリカ議会で強まっているのに応えたかたちだ。借金返済のための外貨流出防止策として今年2月から行った輸入事前審査制度と外貨購入によって、企業の輸入取引は大幅減少しはじめている。車もしかりで、特に高級自動車などへの課税強化で車の販売台数はかなりの低下が見込まれているよう。いずれにしても、世界不況の中で好調を維持してきたアルゼンチンに対する国際的な締め付けから、いよいよ歪みが大きく顔を出し始めているようだ。そして、それに加え、副大統領の汚職問題が表面化して、大統領の周辺には暗雲が漂っているようだ。

大まかに言うと、1昨年7月にある民間会社が倒産。9月にある弁護士が代表を務める投資ファンドがその破産会社の株式を取得して再建した。この際、同社の再建にあたり,政府は,その破産会社の債務返済について,低利息で長期の返済期間という,同社にとって極めて有利となる異例の返済計画を承認した。問題はそのファンドの代表である弁護士が、ブドゥー副大統領の友人だったこと。この会社はその後、昨年の選挙の投票用紙の印刷や、造幣局の紙幣印刷の仕事を請け負うことになったが、ここに副大統領の大きな関与があったという疑惑だ。最近の新聞はこの問題報道で一杯だ。いよいよ副大統領も追い詰められてきているらしい。日本も同じような問題だが、大きな違いはこの副大統領が国民のためにすでに大きな実績を残してきていること。何だか知らない金を手に入れて、それをばらまいて権力構造を作り上げ、裁判沙汰になったのに絵に描いたような理想論(それが理想論だと本人はわかっているのに)を振りかざして政局を混乱させ、はたまた政府の中枢はこの問題に押されてどこかの学校の生徒会並みに野党の意見を採り入れはじめ、誠意を見せるためにといって行脚をはじめる始末。こんな日本とは似ているようで全然違う。

政権が緊縮政策をはじめると敵対関係にある政党は必ずこういう問題を掘り起こすのは世界中同じだ。肝心の政策どころではなく、その隙を突いてでたらめがまかり通ってくる。これに加えてブエノスでは、あの日本でも報道された2月23日のオンセ駅の鉄道事故。ブレーキがかからないまま終点の車止めに衝突して死者50名、負傷者700名というあの大事故の責任を巡ってクリスティーナ政権が窮地に立たされているのだという。この背景にはあのコロン劇場の問題(市の持ち物であるコロン劇場改修への協力を巡って国とマクリ市長の喧嘩が勃発)以来の政治戦争の再燃がある。今年の1月、ブエノスアイレスの地下鉄の運営権は市へ移管された。しかし、その直後から国は駅の警備を担当していた連邦警察を引き上げる。市は余力がないからと警察を配備しなかったことで、地下鉄労組のスト。国が連邦警察再配備。マクリ市長側は「国が財政難で補助金が足りなくなって、一方的に市へ経営権を押しつけ、さらに路線バスや路線電車の経営権まで押しつけようとする」と国を非難。とまぁ、こんな具合で責任をなすり合いしているところにあの事故が起きた。事件の真相は何だか想像に難くないものがあるが、その点まだまだ南米は恐ろしいところだ。

まぁ、到着直後からこんなニュースを聞かされて少々気が滅入ったが、そんな暇はない。まず、この辺のお国事情をしっかりと頭に入れながら色々な交渉に当たる。

 今回は滞在が長いので初めてアパートを借りてみた。今までもアパートホテルには住んだことがあるが、アパートは初めての体験だ。パレルモ・ハリウッドという今華やかな地域のアパートで、オーナーはUSAに住むアルゼンチン人の金持ち。部屋に着くなり不動産屋が出てきて、契約書にサイン。支払いを済ませて鍵を渡される。部屋は広いし、風呂もお湯も洗濯も冷蔵庫も言うことなしで、賃借料はホテルのほぼ半額。ネットのスピードも充分。言うことなしだ。

早速、周りを散策する。昔はこの辺は市心と隣のベルグラーノという金持ち地区に挟まれた単なる住宅地で他に何もなかった。それが15年ほど前からだろうか、ラジオ局が出来、TV・ラジオ関係者がこの辺に住み着くようになって、新しいレストランや、センスの良い店が建ち並ぶようになる。それで「パレルモ・ハリウッド」と呼ばれるようになった。

私にとっての想い出と言えば、その昔、コルドバ州から「アルゼンチンの文化普及に貢献した」とかで重要な賞を貰ったことがあるが、生まれてこの方賞というものにまったく興味がなく、わざわざコルドバ州まで行く時間が、と断っていたら向こうからブエノスに関係者が出てきてくれて賞を頂いたことがある。その後、一緒に食事をしたのがこの辺の凄く洒落たレストランで、すっかり飲まされた挙げ句、自慢のカメラを忘れた苦い経験がある場所。その時がこの辺の発展ぶりを感じた最初。今から約12,3年前の話だ。いずれにしても、ブエノスの今の若者文化、アッパーミドルたちの新しい文化発祥の地だ。

 ここから少し歩くとパレルモ・ソーホーというお洒落街が現れる。通称セラーノ広場(正式名称コルタサル広場)は、かなりモダンな店が集まっていて、週末の夜にはここにセンスの良い若者たちがたくさん屯して朝まで盛り上がる。このセラーノ広場を中心に新しいファッションの店や、デザイン関係のオフィス、レストラン、バーが建ち並んでいる。今世界が注目するファッションの中心であると同時に、ストリート・カルチャーの中心でもある。この辺には、まだタンゴ関係の店はないが、いわゆるライヴ・ハウスはたくさんあって、尖った若者たちの音楽文化もリードしている。今日はまず、ここの肉レストランで昼食。ビッフェ・デ・オホを腹一杯。まずは満足だった。これから早速怒濤の毎日が始まる。そのために少し休もう。

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