北海道、雪、ジンギスカン…


(このページ、Fotos por Manuela Rossi)
横浜公演の2日後、相模大野では作家の星野智幸氏が観に来てくれた。私は都合で行けなかったが、さすがアウロラもシーグレルも応援してくれているだけに、素晴らしい書き込み。「やはり期待に違わず、最高のダンスだった。三組のダンサーそれぞれが個性的で、緻密に考え抜かれ、きわめて大胆な挑戦、でもこれ見よがしなところのない、洗練の極み。ダンサーの踊りをしっかり支えるファビオ・ハーゲルのセステートのプロ意識も心地よい」の言葉。「危険地帯」での男1人と3人の女によるダンスには「これまで見たタンゴの踊りで、私の心に一番残った。この現代性は、ダンスタンゴの世界でのピアソラ的な試みといってもよいかもしれない」と。他にも嬉しい感想がたくさんあったが、さすが、タンゴに愛のあるこの人の言葉が嬉しい。

 さて、いよいよファビオの北海道公演。例年よりも雪に荒れる北海道だけにかなり心配したが、前日の予報では札幌は晴れとある。私だけ少し先乗りして向こうで待つことにしていたが、羽田で搭乗しようとしたら「札幌が雪が酷くなった場合、近くの空港に変更、または引き返すことがある」という。驚いて、後発隊の大典社員に状況を確かめるようにと指示して機内に。もっとも、今日は公演がない、移動日だ。そんなに心配することではないが、ファビオがアルゼンチンにいる時から楽しみにしていた札幌のジンギスカンを予約してある。出発が少し遅れたが、なんとか予定通りに千歳に到着。確かにかなり吹雪いている。で、早速大典社員に確認すると、出演者13名はひとつ前の便に変更できたのですでに出発、残りのスタッフは予定通りの便で向かうことになっているとのこと。

ところが、ホテルからネットで運行状況を調べても出発はしているのだが、到着にはなっていない。気を揉んでいたら、大分遅く多依子社員から電話。「千歳上空で1時間近くグルグル。ようやく着陸したが、まだ機内で一時間くらい閉じ込められ中」とのこと。でも一安心だ。スタッフの便も上空で一時間ほど待たされたが、なんとか到着した。いわゆる乗り日だから良かったものの、これが公演当日だったらと思うとゾッとする。

 さて、ジンギスカン。もともとサッポロビールが札幌工場で始めたものだったが、今ではアサヒビールも他のジンギスカン屋もたくさん。恵比寿のサッポロビール工場でも昔は飲み食い放題というのがあったが、ガーデン・プレイスとして再開発してからはこのメニューがなくなった。大体毎年この札幌でアルゼンチンのメンバーたちは大喜びするのだが、ファビオはそれを覚えていて、ブエノスアイレスにいる時から新しいメンバーに自慢するようにこの話をしていた。で、この日の特別食事会としたわけだ。

 日本でいろいろな店に連れて行くが、アルゼンチン人を連れて行って一番喜ぶのがこの「飲み食い放題」というシステム。飲み食い放題というのはいわゆる店との勝負な訳だが、アルゼンチン人たちを連れて行くと必ず勝ち誇った気分で帰る事が出来る。とにかく肉だと良く喰う。しかしさすが札幌、とてつもない量のオーダーにまったく顔を曇らせることがない。今回はアサヒビールの方だったが、とにかくよく食べ、良く飲んだ。しかも終わってからは店からホテルまで路上で雪合戦やら雪に押し込むやら…。近年でこそ少し降るようになったが、基本的にブエノスには滅多に雪が降らないから、子供のようにはしゃぎ廻る。

 翌日の札幌公演。ニトリ文化ホール(旧北海道厚生年金会館)だ。東京にはなくなってしまった厚生年金会館は、基本的に厚生年金加入者の福祉増進を目的として社会保険庁が設置していた施設。最初の設計者が良かったのだろう、全国どこの年金会館も音が素晴らしいし、良い施設だった。しかし、厚生年金保険料の問題が出てきてからと言うもの、全国の厚生年金会館は閉鎖、あるいはネーミングライツを売却することでなんとか生き延びているというのが実情。基本的にはこの手の文化施設などと言うものは文化予算が付かない限り赤字になるのは当たり前で、世界中、国家予算、あるいは地方自治体の予算で成り立つものだ。それが日本の場合、当時の為政者たちの権威の象徴として箱物作りだけに必死で、とんでもない小さな街にも立派すぎる会館を建築してきた。それが不況になると一転、今度は次の為政者たちが、まず予算カットの1番手にこの会館の予算縮小、あるいは廃館を叫び出す。もともとこの厚生年金会館も厚生年金基金も旧厚生官僚や旧社会保険庁の官僚たちの天下り先だったわけで、最近表沙汰になった厚生年金基金がAIJにまんまとやられた事件だって、年金基金のトップに資産運用などの経験もあるはずがなく、笑い話のように騙されている。会館の方もまったく素人がトップにつくことが多く、多くの場合文化などどうでもよい人ばかりが就いていた。だからといって、頭に来るから潰してしまえ、と言う話ではないだろう。その建物は、文化を愛する善意の国民が使わせて貰って、日本という国の文化度を上げるために多大な貢献をしているのだから。

それにしても、この全国の会館のネーミング騒動を見ていると、いかにこの国が文化的思考を持っていないかがよくわかる。基本的にこのネーミングライツはアメリカで起こったものだが、もう少し「地域のファン心理への配慮」があったものだ。私は基本的に税金で建設された公共施設を私企業の名称に変更することに大きく抵抗を感じる方だし、一歩譲っても最低ファン心理に大きく配慮したものにして欲しいと思う。あのXXなアメリカでさえ、ネーミングライツは基本的に20年契約の長期契約が基本だった。この国では都合の良いところだけを盗んでメチャメチャにするそんな国なのか、と憤る、と言うか笑ってしまう事例はいくつもある。この札幌だって、あの日本ハムファイターズの本拠地、札幌ドームも昨年ネーミングライツの売り出しを行ったが、条件は「5年間5億円」だった。ようやく見つけ出した1社とは折り合いがつかずその後は契約年数を延長してダンピングまでしたが折り合いがつかずに結局公募を見送った。名古屋の名古屋市民会館は、5年間の契約で中京大学をもつ学校法人梅村学園に命名権を売却したが、それまで他の大学や専門学校の入学、卒業の式典に使われていたにもかかわらず、愛称として中京大学ホール(正式には中京大学文化市民会館)となったために使われなくなった。そんな経緯から、今年以降の売却先は決まっていない。となると「減税」の軽率市長ではこれも廃館になってしまうのだろうか。八王子のオリンパス八王子も、こちらは2021年までの10年契約らしいが、これからどうなるのだろう?ネーミングライツ、日本の今の経済事情を考えるとある程度理解しようとは思うが、これにも規制を設ける必要があるし、国、あるいは地方自治体が会館経営に対する経済的な援助を真剣に考えることは出来ないのだろうか。景気の良い時にでたらめな予算で建設業者を助けた、と思われる会館もたくさんある。使う側の利点など微塵も考えていない設計の会館だってたくさんあるから。しかし、これで景気が悪くなったからと言って世界的なアーティストたちが愛着すら感じてきた立派なホールがどんどん姿を消すようなことにでもなったら、日本はさらに笑いものになる。

そして、この札幌のニトリ・ホールも同様の問題が起きたが、独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構が「売却物件の引渡しの日から5年間、売却物件内のホールが提供して来た機能を維持・提供すること」を条件に公募、建物部分は札幌市が28億5000万円で、駐車部分は札幌商工会議所が約6億円でそれぞれ落札し、ホール部分は2010年4月から北海道最大手のニトリがネーミングライツを取得して「ニトリ文化ホール」として営業を開始しているところ。契約期間は6年とか。日本全国がこんな稚拙なネーミングライツの使い方をしていて、短期間でスポンサー探しを余儀なくされている。こんな不景気にこんな短期間では新たなスポンサー探しは各地とも大変なはず。で、せっかく築いてきた文化の殿堂がどんどん消えて行くことになるのだろう?

さて、ファビオの公演、昨夜のジンギスカンの影響もあってか、さらにチームワークも良くなって、パワー全開だ。第一部からどの曲ももの凄いパワフル。これに引きずられてか、一部は音量がやや大きめだったが、2部になるとまさに完璧。毎回毎回グレードを上げる照明の水野さんのスキルにはただただ感心。もの凄い拍手に包まれての終演となった。

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