予備選ショックにもめげず、史上最高に熱く燃えた今年のタンゴ・フェスティバル&世界選手権!

観客数、出場者数共に過去最高!

真夏の日本から真冬のブエノスアイレスに渡ると、寒さが極端に身にしみる。が、到着後、市のタンゴ・フェスティバル&ムンディアルの事務所に電話した途端、寒さが吹き飛んだ。今年の世界選手権はピスタ部門467カップル、ステージ部門160組と過去最高となっているという。マクリが市長〜大統領になってからの、タンゴフェス&ダンス世界選手権の盛り上がり方は凄まじい。いろいろな意味でこの国を世界水準に、という大統領の思いは、インフラ整備、文化活動の興隆など多岐にわたって顕著に結果を出しているが、一方で、当初予定した海外からの投資が思うようには伸びず、借金とその返済で緊縮財政も余儀なくされて、庶民の生活に跳ね返る。。タンゴのファン最大の楽しみであるミロンガだって、入場料が安すぎたとはいえ庶民の懐を直撃していると聞く。しかし、この8月のタンゴ・フェスティバルと世界選手権は市の主催とあってすべてが無料。だからもの凄い観客申込者数、加えて世界からの出場者数もまたも過去最高、緊縮財政で運営のスタッフも減員され、悲鳴も聞こえる。
より市民に密着したフェスティバル!

さて、フェスティバルは8日から、選手権は12日から始まる。フェスティバルは、ブエノス中の劇場や会場で毎日いくつものイベントが開催されるし、ウシナ・デル・アルテ(アートの発電所)の大ホールで開かれる選手権の方はこれだけの参加者数を捌くわけだから予選だけで4日間、朝から晩まで連続して行われる。予選を勝ち抜いたカップルが、17日ピスタ部門109組、18日ステージ部門59組が、それぞれウシナの大ホールで準決勝、更に勝ち抜いたカップルがブエノスアイレス最大級のイベント会場ルナパーク・スタジアムでの20日ピスタ40組、21日ステージ20組の決勝へと駒を進める。フェスティバルも選手権の合間に行われるショーも日本のファンからすると仰天のショーが街中に溢れる。しかも、ウシナの数あるスペースでは、著名な映画俳優も参加してのミロンガやダンス教室、タンゴの写真展までタンゴづくしだ。土日や決勝の日となると、ウシナもルナパーク(推定7千人収容)もタンゴ・ファンで溢れかえる。

まずはカルロス・ガルデル文化スペースで行われた「フェスティバルで歌おう!」へ。タンゴを歌いたい者は誰でも参加できる気軽なイベントだが、司会は著名なシルビオ・ソルダンとマリアーノ・モーレス、エルネスト・フランコの楽団で歌った歌手アルベルト・ビアンコの案内で、全く素人の子供たちから歌自慢の老人までがトニー・ガジョ&オラシオ・バルソラのギター伴奏で歌う。昨年はこのイベントから10才の女の子が喝采を浴び、ルナパークの決勝のステージで歌を披露できた。まさにタンゴの原石を探る素晴らしいイベントだ。
続いて、5月25日文化センター。この劇場は、古いヨーロッパ・スタイルの八百屋舞台を持つ由緒ある劇場だが,長い間放置されていたものを,選手権を始めた当時の市文化長官(後に内閣副官房長官)グスターボ・ロペスの提案で改装、再開した有名な劇場で、今ではこの劇場からは衛星で世界を繋ぐ装置も完備しているのだとか。ここでは「ガルデルはここで歌った!」というタンゴ・ミュージカル。ここは、ガルデルが飛行機事故で亡くなる約1年前の1934年9月10日に、ソルサル・クリオージョ(ガルデルの別名)が歌った歴史的な劇場でもある。このエピソードをモチーフに、現代の著名俳優たちが、なんとネストル・マルコーニ指揮の市立タンゴ楽団の演奏で歌い、演じるという舞台。市立タンゴ楽団というと,昔は居眠り演奏で有名だったが、マルコーニが指揮に入って完全に蘇らせた楽団だ。マルコーニ指揮の時の楽団員の目が全く違う。彼がこの国の音楽家に敬愛される所以だ。

ファン垂涎の豪華イベントが続々!

他にも刮目のイベントが続々。やはりオープニングを飾ったセステート・スールとアメリータ・バルタール、センテージャ文化センターで開催されたコロールタンゴの演奏する特別ミロンガ、キンテート・レアルの「60年」、エステバン・モルガード・クアルテート&マリア・グラーニャ、エルネスト・フランコの「90年(エドゥアルド&グロリア出演)」、フランスから帰国したモサリーニのトリオ、すっかり元の力強い声を取り戻したラウル・ラビエ…この数倍のイベントがほぼ毎日どこかの劇場で行われる。他にも、新たなタンゴ・ファンのためにタンゴダンス教室も至る所で開催される。また、タンゴゆかりの聖地アバスト、サンテルモを中心に、それぞれの地区のタンゴ人が集うイベントの数々を、ポロ・アバスト(昔の市場で現在のショッピングセンターの中や、ガルデル博物館等で開催)、ポロ・サンテルモ(サンテルモ市場やマルガリータ・シルグ劇場などで開催)の名前で、市民に身近な雰囲気で実施する。他にも、市内35箇所のスペースで特別ミロンガが開催される。今年は特にイベントの数が多いが、これを企画し、実行に移したのがガブリエル・ソリア国立タンゴアカデミー会長と、総合プロデューサーのフアンホ・カルモーナ、市のすべてのイベントを取り仕切るシルビア・ティッセンバウム女史の3人だが、その3人でほぼすべての会場を巡回しながら確認する。気の遠くなるような仕事量をこなしながら大成功裡に導いた。敬服。

さらにレベルアップした選手権!

そして、タンゴダンス世界選手権が12日から始まる。今年は前述の通り過去最高の出場者に恵まれた。日本からも5、6組の勇敢なカップル、他に外国人と組んだ日本のペアも2組ほど
いたよう。タンゴの世界はまだまだ歴史が浅いから、審査だって確実な基準が確立していない。アジア選手権で上位に入らなくとも、世界で上位に食い込む可能性だってある。そこに挑戦したカップルたちの心意気に拍手だ。加えて、アジア選手権優勝のピスタ・チャンピオン、中国のMa Jinzheng & Wu Simengカップルは決勝シード、ステージ・チャンピオンのTakashi & Megumiは準決勝シードでの参加となった。
ここ数年、選手権のレベルはめざましく上がってきた。技術的にも創造性も格段の進歩だとう。毎年、世界チャンピオンに与えられる一番前の席で熱戦を観察しているHiroshiがこう話してくれた。

「参加者全員,昔に比べてスキルはかなり上達している。日本のカップルもね。が、おそらく足りないとすれば『個性』かな。全体的に個性に欠けるようになってきた様に思う。例えば、個人的にはピスタでいうと、おなじロシアでも3位のDimitrii&Irnaと、4位アルゼンチンのLucas&Naimaのカップルが個性もあって好きだったけれど…。後は審査員たちの好みだ。だから5位くらいまでの中に入れば誰が勝ってももおかしくはないし、いずれも力はある。。優
勝したロシアとティエラ・デ・フエゴのMaksim Gerasimof &Agustina Piaggioカップルについて言えば、昨年2位だったMaksimは昨年のロシア人パートナーの方が好きだったが、マキシムの変わらぬ魅力と、後はついに今年こそ、という熱意が伝わったんだろう。」

毎年もの凄い盛り上がりを見せるステージ部門、今年も各国からの応援団も含めて会場は熱狂的で、ステージ上ではまさに熱戦が繰り広げられた。アジア・チャンピオンのTakashi & Megumiは残念ながら準決勝で姿を消してしまったが、こちらも誰がチャンピオンになってもおかしくない接戦だった。

「ステージ部門では、準決勝まで1位通過してきたコロンビアのカップルは5位まで落ちたが、結局は決勝の審査員が、タンゴ性と言うことに重きを置き,スピード溢れる、魅力あるダンスが敗れた、と言うことだと思う。こちらも同様、5位までの差はさほどないし、その下も僅差と言って良いと思う。」

今年のステージ審査員は、Vidala Barbosa、Diego Gauna、Gaspar Godoy、Guillermina Quiroga、German Cornejo、Gachi Fernández、Natacha Poberaj,…いつもよりは納得の布陣だったが,彼らが選んだ今年のステージ・チャンピオンは、普段「ピアソラ・タンゴ」に出演しているFernando Rodríguez & Estefanía Gómezのカップル。リオ・ネグロ州出身の経験豊かなカップルだ。ダンスはしっかりしていて、会場での声援も大きかった。しかし、準決勝までの順位がまたもや大きく変わってしまった。5位のコロンビアValentin Arias & Diana Paolaは確かに素晴らしかったが、まぁ、サルサの世界の評価を思い浮かべると理解しやすいと思うが、コロンビアのサルサの方がスピードといい、アイデアといいどこに言っても人気なのにコロンビア。キューバの人間に言わせるとあれはサルサではない、と言うのと同じニュアンスだろう。しかし、場内にいた過去の審査員経験者たちも一様に結果には満足しているとのこと。審査基準がしっかり確立されて、国際的な審査団でもできない限りはこれは変わらないのだろう。しかし、個人的には2位のJulián Sanchez & Bruna Estellitaのがすべての意味で魅力的だった。昨年はもの凄いスピード感ある振付で圧巻だったが、肝心の所で転けてしまった。今年の振付はややおとなしかったのかも。

日本、アジア頑張って!!!

ところで、今年はアジア組はピスタ決勝シードのMa Jinzheng & Wu Simengの27位が最高、ステージ準決勝シードのTakashi & Megumiが51位で、シードの2人以外、予選から準決勝に勝ち上がった者は誰もいなかった。結果には確かに寂しさは隠せないが、実際に参加者のレベルはかなり拮抗しているのも確かだから、決して落胆するものではない。元世界チャンピオンHiroshiの予選終了時の言葉を、本人の了解の元ここに紹介したい。

「世界選手権、ピスタ、エセナリオ両方の予選が昨日終わりJapón の名前は今年も早々になくなりました…。毎年のようにこの挫折感を味わって…。ここブエノスアイレスへ目標を設定し、一年間黙々と自身のタンゴと向き合って向上させる情熱をもう日本のみんなは手放してしまったのだろうか?いつからこんなに消極的になってしまったのだろうか?毎年、我慢して書きませんでしたが、今年はもうハッキリ言わせてもらいます。プロの方、特に若手と呼ばれる面々。なぜ挑戦しないの?色々な理由をつけて小さな日本というお池の中で満足してませんか?あなた達が成長しないと、生徒たちも伸びないし、日本のタンゴも成長しませんよ。ミロンガやってるヒマをもう少し練習に廻して欲しい。魅力的なダンサーや心に決めた教師がいるなら率先して海外に習いに行って欲しい。もっと向上心と高い目標設定をし、切磋琢磨してもらいたい。日本は、世界チャンピオンを4人も抱え、いつでもすぐ近くで見る事が出来ます。こんな環境は滅多にありません。別に習いに来てとは言いません。プロならもっと研究して早く私達を超えてください。もっとJapón 率を上げてください。それだけです。一方今回挑戦したJapón の全てのカップルには惜しみない拍手を送りたいと思います。お疲れ様でした。」

開始2日目の予備選挙ショック!

さて、今年は開始早々、このイベントに水を差しそうな大事件が起こっていた。今年は10月27日、アルゼンチン大統領選挙だが、独特の全党同時開放型義務的予備選挙が8月11日に行われた。全政党が同日に行う予備選挙で、有効票と白票の合計が1.5%超の得票がない候補者は本選挙に参加できない。予備選と言うから本来は各政党の候補者選びだが、今回はどの政党も候補者を一本化していたから、実質、本選挙の2ヶ月前の世論調査という位置づけになっていた。結果は本選挙の投票行動に大きく影響するから重要だったのだが、大方の予想では与党・中道の「変革のために共に」が、左派の野党ペロン党キルチネル派を中心とする「すべての戦線」に5%程度足りずに決着し、10月の本選挙ではマクリ側が勝つのだろうと言う予想の中で行われていた。マクリ派は副大統領候補にペロン党穏健派のピチェトを説得し、前回の選挙同様、最終的には中道左派の取り込みで勝利するという予想だった。ところが、結果はすべての予想に反し、マクリ派が15ポイント以上の差で負けるという結果になったのだ。マクリ陣営は、それでもまだ巻き返しできると意気込むが、大方の予想ではもう勝敗は決したという。しかし、IMFをはじめとして、マクリの改革路線で生じていた債務は、選挙直前の7月に海外からの投資額がようやく向上し、これからという時の敗戦。改革に必要なもう少しの債務を増やす代わりに、公共料金も上げざるを得なかった。それが敗戦を決定的にしたという考え方もある。10月にアルベルト・フェルナンデス大統領が誕生し、クリスティーナ前政権のばらまき政策をやってしまったら、もう再びデフォルトに向かうのは間違いない。かといって、同様に公共料金を下げずに据え置いただけでも、国民の批判は大きくなるだろう。左派のアルベルトが勝った場合、選挙とは全く別に,賢明な改革路線をゆっくりでも続けてくれることだけが望みだろう。そうしないとこの国の未来は再び悲惨になるしかないように見える。
ところで、フェスティバルも選手権も、ブエノスアイレス市の事業だ。今度の選挙でも,ブエノスとコルドバという大都市はマクリ側の勝利となった。選挙前に公約したとおりならば、10月に市長選挙も行われるが、今のままだとマクリ側が強そうだが、ここで負けると、このフェスティバルや選手権の行方も見えにくくなる。しかし、このイベント自体、前政権が起こしたものだから、中止はないとは思うが、もう何が起こってもおかしくない状況だ。心配ではある。この国の文化も、政治にこれ以上翻弄されてしまわないことを祈るばかりだ。

(弊誌ラティーナに掲載した記事)