本来の声が聴けた宮沢・世田谷コンサート!

世田谷区民センター

 7月5日、世田谷区民会館。この古い区民会館で今までも何度か彼の公演を聴いてきた。ただ単に「古い」と書いたが、この区民会館は1959年3月(キューバ革命の年だよ!)竣工、開館した歴史的な建築物で、モダニズム建築の旗手、前川國男氏の設計による。丹下健三、木村敏彦はこの前川事務所の出身だ。確かに古いが、その昔は文京公会堂をはじめ、都内で音響の素晴らしい小屋が沢山あったが、区民会館で素晴らしいのがほぼなくなってしまった。宮沢氏は、大分前からここをよく使い、そのおかげで何度か聴いてきたわけ。何しろ、音も雰囲気もよく、宮沢氏のステージを楽しむにも好きな小屋だ。

 宮沢氏は昨年11月に「時を泳げ魚の如く」コンサートツアーで歌手活動を再開したが、12月の目黒パーシモンホールは正月からずっと続いた大仕事で行けなく、3月15日、仙台のイズミティ・ホールでの小コンサートに日帰りで出かけて覗いてきた。その前の大阪、神戸、京都、東京ニッショー、山梨公演などは大盛況だったと聴いていたのに、まだ東北では宮沢の活動再開が知られていなかったせいだろう、やや寂しい客入りだった。しかし、宮沢氏の声は休止前よりもはるかに力強かったし、これからが大いに楽しみ!と感じるステージではあった。

宮沢和史「島々百景」

 そして、今回、この世田谷区民ホールはその最終版の後ろから数えて4つ目、東京の最終公演だった。噂では他の公演のその後も素晴らしい反響と聞き楽しみに会場に向かった。昔から宮沢のサポートを続けているサンライズ・プロモーション岩崎君の頑張りで、この日も満員状態。しかも、今回はわがラティーナ誌上の連載をまとめた「島々百景」の発売前セールも行っていたので、その様子も見にでかけた訳だ。開演前に彼と少しだけ話したが、相当気合いが入っているのを確かめるとさらに期待が大きく。で、今度は100冊持ってきた単行本が、会場と同時にすぐに列ができて、飛ぶように売り切れそうに。弊社の千都が一人奮闘していたが、ついつい手伝うが、何しろ普段やっていないから大変。本を袋に入れる作業すらままならないでいると、ファンが「いいですよ自分でやりますから..」と。釣り銭の100円玉が足りないから誰か、というと、みんなが換金してくれる….宮ファンはほんとに優しい。今年デビュー30年と言うから、実際にこの本を手にしているほとんどのファンは、観るところ若いから最近知ったはずなのに、優しく真面目な所は全く同じだ。で、開演前にすでに売れてしまいそうだったので、恵比寿の弊社に電話して追加で持ってきてもらうことに。まぁ、宮沢氏、この5年ほどステージを離れても、沖縄民謡の採集・録音・執筆も含めて、世界の島々など、膨大な研究に時間を費やしてきた。南米を歩いていた時からよく話していたが、音楽家を辞めても学者でも喰っていける人だ。実際、沖縄芸大や慶応でも教壇に立っている。さて、「島々百景」。山梨県という海のない県で生まれた宮沢氏は沖縄民謡から沖縄に誘われ、島の素晴らしさを知る。そこから彼の世界中の旅が始まるわけだが、彼の世界の海と島に関わるいろいろな体験と、そこに根付いている音楽について書いた本だ。沖縄周辺はもちろん、ブラジルのイタパリカ、ポルトガルのアゾーレス島、オアフ、バリ、ジャマイカ、キューバ….。宮沢の音楽を知るファンには曲の裏側を知るにはうってつけだし、曲を知らない読者にも、大変い貴重な話が満載の本。7月8日、東京・代官山の蔦屋で、クレオール文化の第一人者で、今回の本でも解説をしてくれた今福龍太氏と発刊記念スペシャル・トークを開催するが、その模様はおそらく映像で流そうと思っています。

留まらざること川の如く 宮沢和史 20019年5月22日発売

 いよいよ開演、凄い声がでていた。今まで聴いた彼のコンサートの中でも最高クラスに出ている。余り多くはないが、調子の悪いときのコンサートを観る時、いつも歌手という商売は大変だなぁと思う。特に彼の場合、根が真面目だし、いつも全力だから、尚のこと辛くなる。ペルー公演ではあの独特の砂埃に喉がやられた上に、テレビ局の執拗な追いかけに本当に気が滅入ったときのことを思い出しては、今でも嫌になる。あれだけ本人が嫌だと言っても追いかけるのを、それを良しと考える国営テレビのディレクターもしょうがないものだったが、最近は少しは変わったのだろうか?ところで、今回のアルバム「留まらざること川の如く」も素晴らしい。「Paper Plane」の詩は特に最近までの宮の心境をそのまま語っているようで好きだ。「いつかは無様に落ちよう」と言いながら、満ち足りた身体で、何の気負いもなく、すべてから解き放たれた歌で、ずっと地球を飛び続けるという決意のようにも感じる。声だってこの気持ちで歌っていれば枯れることはないのだから、もう死ぬまで歌いつづけて欲しい。きっと老人になっても無様にならないタイプだから。

 声の調子が良いと、しゃべりも長さも内容もすべてが滑らかになる。最初の「神様の宝石でできた島」、そして「Perfecto Love」「からたち野道」と続いたが、最初からすでにこの日の絶好調は確信できた。今回はピアノ:白川ミナ、ドラム:伊藤直樹、ギター:町田昌弘、そして極東サンバ時代のサポート・パーカッション、美座ミザリート良彦が競演。一部最後の「島唄」も歌を中心にしたアレンジで声が会場の空間を舞う。そして、隣席にはガンガズンバで世界を一緒した土屋玲子さん。あの人は、一生年をとることはないのだろうか?美貌もノリも若い世代と何も違わない。秋には待望の競演も控えているから、と楽しみにしていた。彼女も今日の声に驚き、すっかり堪能していた。二部は「Paper Plane」から。新譜で聴いたそのままの感動が。「モータープール」では『極東サンバ』時代からの盟友だったパーカッションのミザリートが登場。彼の場合、招待する友人が皆彼と本気で音楽をやりたいからやってくる。いろいろなアーティストのブッキングも手伝ってきたが、これほど音楽家に愛される人間はそういるものではない。途中、藪用で席を立つこともあったので、全部は聴けなかったが、宮沢氏と南米を放浪していた頃のいろいろな風景を勝手に思い出しながら聴いてしまった。バイーアのイタプアンの海岸で見た沈む太陽と月(「LAIAS」という曲ににその光景が詠われている)、リオのカネカゥン劇場で、めざしたブラジルでの一応最終公演のつもりだったのだろう、最後の曲が終わってマイクを持つ両手を挙げたままずっと立ち続けた彼の姿、時間に厳しいドイツのチュービンゲンでのフェスティバルでは、さぁアンコールというのに、オーガナイザーから無理矢理照明を落とされた時の憤慨…キューバではカール・マルクス劇場でのコンサートは終えたが、数万人の野外コンサートがハリケーンにやられて中止せざるを得なかった無念…成し遂げたこと、失敗したことの全てを蘇らせながら…少しホロっとしてしまったよ。岩崎君からセットリストを送ってもらった。記録としてここにに書いておきます。

喉の調子が最高潮、そして、その余裕から来る歌、軽妙なしゃべり、廻りのサポートメンバーとの呼吸もすべてに滑らかな満点のステージだった。滅入る話題が多く、俺もいよいよ楽しみと言えば生後6ヶ月で死別した父親の迎えを待つばかり…そんな老人だが、なんだか少し蘇ってきたよ。ありがとう。

夏の旅が楽しみです。