トリッパ絶妙の日本公演!!!

昨年からブラジル大使館と進めてきたブラジル企画。最初はもっと壮大なものだったがブラジル政府から許可が出たのが1企画だけとなった。私たちが出していた企画はすべて没となり、このトゥリッパだけが実現したというわけだ。

 

5月末、アルゼンチンでの仕事のついでに、リオで一晩だけこのトゥリッパを取材してきた。正直言って、最初はあの写真とは大分違う体格の良さに戸惑ったが、とにかく歌が上手い、仕草が可愛い、人間が抜群…かなり気に入った。しかも、場所はリオのスタジオRJ。その昔は「邪魔に亜]と呼んでいた店で、エリゼッチやバーデン・パウエルなどを良く聴いたライヴスポットだが、現在はアンテナの高いリオの若者たちの有名スポットに変貌していた。歌は折り紙付きで、現在人気急上昇中の歌手だ。

 

さて、ブラジル大使館の企画では当初はトゥリッパと弟のギタリストだけという話だったが、そこで聴いた公演で、これは本当は絶対に最低5人でやらせた方が良い、と帰国後大使館に訴えた。しかし、予算に限りがあるので3人までにという。で、彼女のステージを盛り上げるにはベース奏者でオールラウンド・プレーヤーのマルシオ・アランチスを加えようと言うことになった。ここまで来て、あとは弊社の船津編集長がすべてを取り仕切って日本ツアーまで頑張ってきた。

 

もともと、この企画には新しくブラジル路線に乗り出したトルコ航空がスポンサーになっていたので、彼女たちはイスタンブール経由でやってきた。ところが、マルシオが途中のイスタンブールでパスポートを紛失。イスタンブールの日本大使館や、こちらの外務省、在日ブラジル大使館との連絡で船津編集長は連中がやってくる前から寝る暇のない忙しさとなった。結局トゥリッパ姉弟が先に、マネージャーとマ留塩が一日遅れでやってきて、なんとか初日の山形公演に間に合うことになった。

10/21山形

10/22東京・八重洲

10/25鎌倉

10/26名古屋

10/27,28東京靑山BOSSA AOYAMA2012

10/29原宿VACANT

というスケジュールだったが、BOSSA AOYAMAは無料イベントで、原宿VACANTは有料と言うおかしな形になってしまった。当然有料の原宿VACANT野公園は苦境に。しかし、船津編集長をはじめ、関係者の努力のかいがあって、最終公演も多いに盛り上がった。

 

もともとグラフィック・デザイナーだったトゥリッパだが、歌は滅法上手い。本当のところリオでの公演では良いところになると聴衆が先に歌い出してしまうので、ぴんと来ない部分もあったのだが、東京公演では会場が小さいのと、聴衆が先に歌うことがなかったので、実力が100%発揮された素晴らしいステージになった。ベースのマルシオを入れたことは間違いなかった。予想以上の活躍をしてくれた。

 ブラジルという国は本当に凄い国だ。今、ブラジルの現地通貨レアルが昔に比べると非常に高いから、彼らが昔通りの出演料で海外公演をやるのは非常に難しくなっている。今ブラジル人たちの海外公演は圧倒的に減っているはず。ブラジル国内の方が圧倒的に稼げるから。トリッパたちが日本のブラジル外交官の意欲に共感して日本に来てくれたのは非常にラッキーだった。

私も今回は何もしてあげられなかったので、一晩食事に誘うことにした。で、たまにはシュラスコでも?と聞いたら、和食が良い、という。「あなたたちがブラジルに行って和食食べたい?」と宣う。確かに。で、恵比寿のジルベルト・ジルも大喜びした寿司屋に。4人とも本当に良い人たちだった。これがきっかけでブラジル音楽がひと盛り上がり、と言うにはあまりに小さなイベントだったが、こういった地井さん努力に積み重ねが大事だ。船津編集長も一生懸命頑張った他の社員も、関係者一同に敬意を表したいと思う。

 といという

 

 

プラッサ11、30周年+1

プラッサ・オンゼが開店30周年+1という。今はもうあの大声で笑い合った仲間もあまり見かけなくなって、足もついつい遠のいてしまうことが多いが、わがラティーナ誌とは切っても切れない関係の店だ。

プラッサ・オンゼは東京・青山3丁目の交差点から少し渋谷寄りに進んで歩道橋の麓を少しだけ右に入ったところにあるもともとはブラジルとサンバの店である。日本のサンバ、ブラジル音楽のムーブメントはこの店から生まれたと行って過言ではない。そして、この店を始めたのが故浅田英了氏(本名・英夫)。あのKIMIJIMAブランドが全盛の頃のカメラマンとして、またモナコ王室御用達ブランド、ヴァン・クリーフのカメラマンとしても活躍した名写真家だが、それもひとつの顔。少年時代をブラジルで過ごし、70年から日本に住んで、当時は殆ど誰にも聴かれなかったブラジル音楽を愛し、会う人ごとにその素晴らしさを語り、日本でブラジル音楽の芽を育て、青山に今の「プラッサ・オンゼ」を開店しながらさらにブラジル音楽を花開かせてくれた恩人である。 “プラッサ11、30周年+1” の続きを読む

アウロラ、サード・アルバム録音!


 2年前、ブエノスで大成功を収めた日本のタンゴ楽団オルケスタ・アウロラだが、その後はリーダーのひとり、会田桃子の結婚や出産があったりで、なかなか思うような活動が出来ていなかった。しかし、そろそろ思い切って活動を再々させようとレコーディングを決めた。彼らにとってはサード・アルバムとなるが、このアルバムを発売、そしてライヴをやりながら販売していこうというわけだ。

ところが、また会田の第2子誕生の報。予定は12月ということで、ライヴのスケジュールがまたまた狂ってきた。とは言っても音楽家である前に人間としての生活の方が大切だ。とりあえず、レコーディングにはまったく支障がないので予定通り先にレコーディングをすることにした。 “アウロラ、サード・アルバム録音!” の続きを読む