さて、リオについて日本を発つ時には予想もしていなかったふたつのコンサートにも出会えて満足。もう一つどうしても会っておきたい人間とは帰国日に会うことになったために、予定が空いた。
アルゼンチンで一緒だった元社員の里圭さんは先にブラジルに入って気が向けば北の方に向かうと言っていたのに、すっかりリオに魅了されて我々のすぐ近くのホテルに滞在していた。D社員を含めてあのロサリオに向かった同じメンバーなわけで、この日はみんなでリオ観光・撮影ツアーでもしようと言うことに
なった。そしたら、里圭さんが面白いものを見つけて予約してきた。フェヴェーラ・ツアーだ。リオのファヴェーラには、今までに何度か侵入したこともあるが、いつも音楽家と一緒で飲むものだから十分撮影したことがない。しかし、このツアーはマイクロバスで3時間にわたってファヴェーラに侵入するというもの。普通は隠しカメラを持って入っても中々カメラを取り出せない場所。TV局の取材でも昔から牧師とか銃器付きのガードマンを雇って入る場所。私も過去にこの辺で顔の利くミュージシャンと一緒に入ったことあるが、いつも夜だったこともあってきちんと撮影したことはなかった。この日はなんと言ってもツアーだ、堂々とビデオとカメラを持って、ほとんど初めて観光客よろしくホテルでマイクロバスを待った。
マリアーナというあるファヴェーラ出身のガイドがホテルにやってきた。「あなたたちの参加費はネットから来たので安いんです。スイス人、ドイツ人はホテルで予約したのでもっと高いんです。その辺よろしく」といって目配せする。
我々を入れて8人くらいだったか、マイクロバスが到着していよいよ出発。マリアーナは英語でのガイド。D社員に通訳を頼んで聞いていたら、これがなかなか面白い。マリアーナは自分もファヴェーラの出身で、このツアーを実現するまでに現地の許可を得るのに何年もかかかったのだという。向かったのは、あのバーハ・ダ・チジューカに向かう時に必ず目にするリオ最大のファベーラ「ホシーシャ」から。ジルベルト・ジルの事務所兼スタジオのある高級住宅街を通り越して、ホシーニャに向かう。普通はコパ~イパネマ~レブロンと進んでトンネルを抜けるとサン・コンハードという高級マンション街に出る。ここには昔からジルやガル・コスタ、シモーネなど売れっ子アーティストたちが居を構えていたところで、ここにも良く来たが、ここから少し目線を後ろにずらすともの凄いファヴェーラが広がる。これがホシーニャ。リオ最大のファベーラで、約10万人がここに住むという。サンコンハードの富とファヴェーラ「ホシーニャ」の貧が凄まじく対照的なところだ。
その昔、NHKの役職は忘れたが、要するに企画を出して通ると番組が作れる立場の人と会ったことがあったが、彼は世界中の貧民窟をあるいていて、実はその頃からリオのファヴェーラは世界中の貧民窟の中では相当裕福な方と言っていたのを思い出した。確かに盗んでいるとは言え電気は通っているし、電話もある。テレビも普通にあるし、最近は政府がコンピューターまで設置してネットもできる様になっている。しかし、基本的にはドラッグで稼ぐマフィアが仕切っていて、殺人事件や警察との銃撃戦などもとぎれることのない怖いところでもある。リオ中でいうと、3つの大マフィアによって縄張りが決められていて、このホシーニャはついこの間まではレッド・コマンドというマフィアによって管理されていたのが、そのリーダーの23才のボスが射殺され、現在はADA(アミーゴス・ド・アミーゴス)という組織が管理する様になって、政府とも上手くやっているよう。
しかし、この話をマンゲイラ地区の親分ともサンバの関係で親交があるトゥリオ氏によると、政府と上手くやっているといってもそれは「化粧を変えているだけ」となる。実際に彼らの稼ぎ頭のドラッグは地下で売買される様になっただけで少しも減っていないのだそうだ。
それにしても、リオ市がワールド・カップ、オリンピックと次々と国際イベントを決めるに当たって一番指摘されていたのがこのファヴェーラの住民が引き起こす治安の悪さだ。政府もパソコン・スペースを創ったり、郵便が届けられる共同コミューンを創ったり、病院から銀行の支店まで置く様になってきている。貧民窟も確実に生活向上されていることだけは確かだ。
さて、次ぎに向かったのがサン・コンハードを左に見て横に広がるファヴェーラ、ビリャ・カノアス。このファヴェーラはもうすっかり一般化していて、中はもの凄く狭い迷路だが、全部の小径に名前が付いていて、ここではもう郵便物が住所通りに届けられる様になっていた。また、一番感動的だったのはこのツアーを企画している「Para Ti」というNGOが経営する学校だ。この学校はイタリアの非営利団体が始めたもので、今は、このツアーの資金などを元に運営されている。ファヴェーラの子供たちは、道で金をねだったり盗んだりするために街に繰り出されることが多い。その方が親の給料よりもたくさん稼ぐからだ。学校に行くにも公立ではまったく良い教育をされることはない。今少しは良くなったと行っても510レアルと言う最低賃金よりも少しだけ上というほど給料が低く、教員に士気が全くないからと言う。そこで、この学校ではファヴェーラの子供たちで、小学校4年までの子供は、放課後もいつでもこの小学校で教育を受けられる。無料でパソ
コンの使い方まで学習できる。小学4年までいっていなければ何歳になってもここで学習できるのだそう。ここもADAが仕切っているファヴェーラだが、社会プロジェクトの成功例だろう。
今回のツアーで行けたのはこの二つだけだったが、この話をトゥリオ氏にすると「30年もブラジルに頻繁に来ているお前が観光ツアー?似合わない」と笑われたが、実際問題彼とかアーティストに連れられて何度かファヴェーラには侵入したが、これだけの説明と、しかも写真取材のできるテラスなどに連れて行ってくれるのはこのツアーしかない。素晴らしい経験だった。このおかげでトゥリオ氏「そんなところに行きたかったのなら、今度来たらマンゲイラの一番奥まで連れて行って思い切りビデオも写真も撮らせる」と意気込んでくれた。私や仲間たちがカーニバルで簡単に下に降りて取材できるのもトゥリオのおかげ。本当に今度はマンゲイラの奥に連れて行かれそうだ。
リオは凄まじい勢いで変化している。世界から資金が集まり、今や銀行預金だってブラジルに預けるのが確実で利率も良いと聞く。この音がするくらいの激しい勢いで上を向いている国の一番底辺と言われる社会を垣間見たわけだが、ルーラと言う圧倒的なカリスマに導かれて、この国の底辺はまだまだ十分ではないにしても確実に良い方向に向かっている。今、今度の大統領選に世界の目がいっているが、どうもこの国に死角はなさそうだ。